「こども宅食」は”空っぽの冷蔵庫が普通”の子どもたちを救えるか?
経済的に厳しい状況かどうかは、外からはなかなか分からないというのが現状です。日々、経済的に厳しい家庭の子どもたちと接しているNPO法人キッズドア代表の渡辺由美子さんに、子どもの貧困のリアルと「こども宅食」にかける想いを聞いてきました。 |
「勉強できるのは、布団の上だけ」学習環境がない子どもたち
― 渡辺さん、今日はよろしくお願いします。渡辺さんが代表をされているNPO法人キッズドアでは、経済的に厳しい状況にある子どもたちの支援をされていますよね。
渡辺:はい。キッズドアでは、経済的に厳しい家庭の子どもたちに、無料の学習支援を行っています。
今の日本では、お金を稼げる仕事に就くためには、ある程度の学歴が必要となります。高校や大学に進学するためには、お金が必要ですよね。親の所得が低いと、教育にかけられるお金が少なくなり、進学や就職にダイレクトに影響してしまいます。
高校への進学率はどの世帯も90%を超えています。しかし、大学等進学率は全世帯の平均が73.3%なのに対し、ひとり親家庭の平均は41.6%にとどまっています。大学への進学の有無が所得に大きく影響してしまいます。
経済的に厳しい環境で育った子は所得が低い仕事に就くことが多く、その子達が親になった時に教育にお金をかけられず、貧困が連鎖してしまうんです。
私たちは貧困の連鎖を断つために、子どもを勉強の面からサポートしています。また、子どもの貧困の実態を知ってもらうための勉強会や交流会も開いています。
― 渡辺さんが学習支援を通して関わる子どもたちに、共通していることはありますか?
渡辺:活動を始めてすぐに、そもそも勉強できる環境自体がない子の多さに驚きました。
アパートが狭く、子どもの部屋も勉強机もないことが珍しくありません。
テーブルはあくまでも食事をする場所。同時に、家族が唯一くつろげる場所なんですよ。家族みんながテーブルを囲んでテレビを見ている中で、自分ひとり受験勉強はできないですよね。
学習支援に来ていた子の中には「家ではお盆の上で勉強しているんだ」と言っている子がいました。集中して勉強できるところが自分の寝るスペースしかなく、布団の上にお盆を敷いて、問題集と参考書を置いて勉強していたというんです。
見た目ではわからない 子どもの貧困
― 外からは、なかなか家の状況まで分かりづらいですよね。
そうなんです。日本の子どもの貧困は非常に見えづらいんですよ。
子どもたちの「7人に1人」、ひとり親家庭では「2人に1人」が相対的貧困です。相対的貧困というのは、最低限の衣食住を保つのにギリギリで、社会の中で「普通」とされる生活ができない状態のことをいいます。
相対的貧困の特徴は、見た目だけでは全然分からないことなんです。他人の目を気にするあまり、経済的にはものすごく苦労していても、見た目は頑張って整えることが多いんですよ。洋服も安く手に入りますし、仕事で帰りが遅い親と連絡を取るためにスマートフォンを持っている子どもも多いです。
「みんなが当たり前にできることができない」 奪われる自己肯定感
活動を通して分かったのが「教育にかけられるお金がないこと」以外にも、子どもたちは色々な問題を抱えているということです。
「文化的貧困」といって、みんなが当たり前に経験するような機会を奪われてしまうこともあります。
中学3年生の子に「夏休み、どこに行きたい?」と聞いたら、「動物園に行きたい!」と言われたことがあります。「動物が好きなの?」と尋ねると、「行ったことがないから、何がいるかわかんない」と言われたんです。
彼は動物園に行ったことがなかったんですよ。普段の生活では「誰でも動物園に行ったことがある」という前提で話が進むことが多いですよね。その子は自分が動物園に行ったことがないのを、ずっと隠し続けていたんです。
― その子はきっと、一人でつらい想いを抱えてきただろうと思います。
渡辺:そうですね。子どもたちは色々なつらさを抱えていると思います。
本来「お金」と「人間性」は全く関係がないはずなのに、お金がなくて出来ないことが増えることで、「自分はだめだ」と思ってしまう子どもたちも多いんです。貧困が自己肯定感を奪っているんですよね。劣等感や自信のなさが、本来持っているパフォーマンスを下げてしまっているように感じます。
また、貧困が友人関係に影響を与えることもあるんですよ。「スマートフォンがないとLINEが使えないから、友達ができない。ご飯を食べなくていいから、スマートフォンを買ってほしい」と親にお願いする子どももいるんですよね。
東京都内の家庭だと、小学校の卒業記念にディズニーランドに行くことがあるのですが、「どうしても用事があって行けない」と嘘をつくしかない子もいるんです。
友達の誘いを断り続けることで孤立し、学校にも家庭にも居場所がない「関係性の貧困」という状態に陥ることもあります。人との関係自体が途切れてしまうことで、なかなか周りに助けを求めづらくなるんです。
「冷蔵庫が空っぽ」が当たり前の子どもたち
― 限られた収入でやりくりするとなると、やはり食費も節約を重ねているのでしょうか。
渡辺:「給料日前になると、“もやし”の出現率が上がる」と言っている子どもがいましたね。やりくりに苦労しているお母さんの姿を、すぐそばで見るのは切ないだろうなあと思います。
「なるべくお金をかけずに、お腹いっぱいになること」を重視するため、主食中心でお金を使うことになり、栄養バランスが偏ることも多いです。
私たちの運営する学習塾では、夏休みなどの長期休暇に、ボランティアの方が食事を作ってくれているのですが、「何が食べたい?」と尋ねると、「肉!」と言われることも多いんです。やはり家庭では、お肉はなかなか食べられないんですよね。
ある時には、中学3年生の男の子が駆け込んできて「先生、米びつが空っぽになりました。何か食べるものはありませんか?」と言われたこともあります。「お米がなくなる」とか「食費がない」ということが、彼らにとって当たり前のことになってしまっているんです。
― 正直、言葉を失いました。食べ盛りの子どもたちにとっては、本当に厳しい状況だと感じます。
渡辺:本当にそう思います。貧困率は全ての人が同じ指標で測られるのですが、大人と子どもでは「大変さ」が全く違います。
お給料のうち、税金や社会保険料を引いた「自由に使えるお金」を可処分所得といいます。日本国民の可処分所得を高いところから低いところまで並べ、その中央値の半分未満のお金で生活をしている人が「相対的貧困」と呼ばれる状態にあります。
2人暮らしの場合、年間約173万円で暮らす家庭は相対的貧困となります。同じ約173万円で生活していたとしても、高齢者2人の家庭と、食べ盛りの子どもと2人で暮らす家庭では、生活の厳しさが全然違うんですよね。食べ盛りの子どもがいると、食費だけでも生活が圧迫されてしまうんです。
本当に困っている人ほど、SOSを出せない
― 本当につらい時には、周りの人にSOSを出してほしいですね。
渡辺:実は経済的に厳しい家庭では、家族や近所の人との交流がなく、困ったときの相談相手がいないことが多いんです。
また、「周りの目が気になって、足を運べない」という理由から、本当に困っている人ほど、自ら支援の場に足を運んでくれないという傾向にあります。
様々な支援者と接する中で、みんな口を揃えて言うのが「本当に支援が必要な人と繋がるのが難しい」ということです。行政とは違って、その地域の個人情報を把握していないため、支援対象者が見分けられないんですよね。「助けて」と言えない人たちと繋がれる仕組みがないんです。
その結果、経済的に厳しい家庭は孤立してしまっています。
「こども宅食」では、文京区と協働していることから、区内に住む経済的に厳しい家庭とダイレクトにつながることができます。また、食品を送ることで、本当に困っている人たちに「支援者の側から」働きかけられるんです。
食品を通して、社会とのつながりを作る
― 「こども宅食」が始まると、どのような良い変化があるのでしょうか?
渡辺:まず、食品が届くことで食費が浮きますよね。
また、「食事について考えることに追われなくて済む」ことで、お母さんたちの負担を減らすことにつながります。時間と気持ちに余裕ができるので、子どもと話す時間も取れるのではないでしょうか。
食品を送ることでの直接的な効果はもちろんですが、私たちは食品を届けることを通じて「社会とのつながり」を作ることを一番の目的としています。
まず、配送時に無料の学習支援や相談会のご案内を同封し、支援情報を届けます。また、「こども宅食」の利用申込はLINEを通じて行うため、LINEのやり取りを通じてご家庭の状況を把握し、必要に応じて専門機関につなげて支援を行うことができます。
食品を送る中で関係性をつくり、相談を受けることや、それぞれの家庭が求めている支援の情報を届けることができる。食品と一緒に「関係性がついてくる」ということが、「こども宅食」の価値だと思います。
キッズドアにとっても初めての挑戦となりますが、声をあげられない家庭にも支援を届けるために「こども宅食」を必ず成功させたいです。
(聞き手:村山幸)