人工知能(AI)で子どもを虐待から救う。テクノロジーが変える福祉の未来ー髙岡昂太×駒崎弘樹ー
「子どもが虐待をされているかもしれない!」と児童相談所に通告される件数は、年々増え続け、2016年には1日あたり約300件の通告がありました。
通告件数が増えている一方で、子どもを支援する専門家であっても、子どもたちが本当に虐待されているのかどうかの判断が、非常に難しいと言われています。
そんな中、産業技術総合研究所 人工知能研究センターの髙岡昂太先生は、子ども支援の専門家の知見と人工知能(AI)をコラボさせ、虐待のリスクを判断できる専門家向けアプリを開発しています。
髙岡先生の研究が実現すれば、スマホアプリで虐待のリスクが分かる。そんな未来が来るかもしれません。
今回は、髙岡先生が考える「テクノロジーが変える福祉の未来」についてのお話を伺いました。
髙岡 昂太
産業技術総合研究所 人工知能研究センター 確率モデリング研究チーム 研究員/NPO法人 Child First Lab.代表理事、臨床心理士。虐待対応やその他の生活現象に関わる社会問題解決のために活用できるAI技術開発をチームで行っている。
駒崎弘樹
認定NPO法人フローレンス 代表理事。日本初の「共済型・訪問型」病児保育サービスで共働きやひとり親の子育てをサポート。小規模保育園、障害児保育園を運営。内閣府「子ども・子育て会議」委員、厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会座長などを務める。
テクノロジーで支援方法の「見える化」を
駒崎:髙岡先生は子ども虐待の問題に対して、人工知能(AI)を使ってアプローチされていますよね。何がきっかけで今の取り組みを始めようと思われたのですか。
髙岡:大学で心理学を学ぶ中で、「相談に来られない人」にはどうすればよいのだろうと思うようになりました。そこで、自ら相談をしない、あるいはなんらかの理由で相談できない人のところに、支援者が自ら足を運んでサポートする「アウトリーチ」に関心を持つようになったんです。
しかし、せっかく支援者から歩み寄っても、支援を拒否される場面もあります。
例えば、「行政からの支援なんていらねえよ!」とか、話しかけただけで「なんだこら!」と怒られてしまう場面ですね。
ベテランの支援者は、何度もそういった難しい場面に遭遇しているため、どのように対応するかイメージできますが、経験が浅い支援者だと、判断に迷ってしまうこともあります。
そういった難しい場面での対応方法が「見える化」され、それぞれの事例の特徴に合わせてリアルタイムに対応方法を参考にできる仕組みの構築が必要だと思ったんです。
そこで、テクノロジーの力を使って、何かサポートができないか考えるようになりました。
経験が浅い支援者にも、ベテランの知見を
駒崎:なるほど。支援者のサポートをするために、人工知能(AI)を使ったアプリを考えついたのですね。
髙岡: そうですね。現在は主に2つの機能を持つ子どもに関わる専門家向けアプリを開発しています。一つは虐待のリスクを統計的に判断する機能です。
例えば、現場では「子どもを保護すべきかどうか」迷うことがあります。過去の同じようなリスクの事例と比較し、統計的にリスクをシミュレーションする機能です。(*産総研 人工知能研究センターにて研究開発中)
もう一つは、子どもや保護者への対応を、臨床的かつ科学的な知見を元にガイドしてくれる機能です。目の前の子どもに何て言っていいか、あるいは何を言ってはいけないかなど、事例の特徴に合わせて対応方法を提案します。(*NPO法人 Child First Lab.にて開発中)
駒崎: それは、すごいですね。
現場では、子どもが話してくれなかったり、保護者の方が真実をお話されない場合もあります。また通告が来た時点では、情報が不足し不確実なことが多いからこそ、子どもの安全について客観的にデータを用いて判断することが大切です。
また、子どもや保護者をサポートしたりするには、支援者の経験や力量が問われます。AIを使って、支援者の知見を見える化して共有することで、経験が浅い支援者でも、ベテランの知見を参考にしながら支援できるということですよね。
テクノロジーが現場の知見と科学的な視点を統合するきっかけになり、子どもの安全を増やすことにつなげられますね。
専門家向けアプリで、虐待のリスクをシミュレーション
駒崎:そのアプリには、具体的にどういった機能があるのでしょうか?
髙岡:虐待の判断が難しい場面に遭遇した時に、アプリにデータを入力したら、すぐその場で再発リスクのシミュレーションや、どのような対応が望ましいかのリコメンドが返ってきます。
例えば、入力項目は、年齢や性別、虐待の種別、何度も再発しているかどうかといったリスクに関するデータです。
また、将来的には、子どもの身体に傷がある時には、支援者がアプリで傷アザの写真をアップすることで、「何が原因の傷なのか」と「虐待のリスクの高さ」を判断できるようにしたいと考えています。
そのために、現在はいくつかの自治体にご相談しながらデータを集め、様々な専門家のチームで学習データを作るところから始めています。
駒崎:それはすごいですね。写真をアップした時に、何を元に判断されるのですか?
髙岡:こちらのL字定規です。
髙岡: L字定規を傷にかざして撮影すると、画像処理の中で各辺の長さとの比較から、傷の大きさを算出することができます。
駒崎:なるほど。傷の写真だけだと、比較するものがないため、傷の大きさが分からないですもんね。L字定規を使うことで、写真を撮るだけで正確な傷の大きさが分かりますね。
髙岡:アプリで写真を撮影後、画像を解析し、過去の事例の中から似ている事例を探します。そこから、「何が原因の傷なのか」と「虐待のリスク」を推定します。
結果のイメージ図ですが、将来的にはこの画面のような結果が出てきます。
「アイロンの先端を当てられたことによる火傷」で「虐待の可能性が高い」ことが、傷アザの画像と関連するデータから推定できるようにしたいと考えています。
駒崎:保護者から「子どもが転んで出来た傷なんです」と言われた時に、その傷が本当に転んでできた傷なのか、虐待によってできた傷なのか判断する際に参考にできるということですね。
これまでは、支援者自身の過去の経験を元に判断するしかなく、支援者の経験や力量によって精度にバラつきがありました。それがこのアプリによって、経験が浅い支援者でも、ベテランと同じくらい精度の高い判断ができるようになりますね。
駒崎:このアプリは、いつ頃から使えるようになるのですか?
髙岡: 今ちょうど開発中で、2018年夏ぐらいに最初のバージョンができる予定です。今はいくつかの自治体にご相談し、現場の支援者の方々にご協力いただきながら、データを蓄積し、解析を進めています。
すぐに完璧なものを実装するのは難しいですが、現場の方々のご意見を頂きながら各ユースケースに即した開発を進め、データが更新されると、すぐに次の事例に活かせるような現場支援をご提供できればと思っています。
駒崎:実現が楽しみですね。担当者が異動や退職で現場を離れたとしても、その人の知見が引き継がれる素晴らしい取り組みだと思います。
データを通じて課題を見える化し、支援に活かす
駒崎:髙岡先生のお話から、データを蓄積し、支援に活用することに意味があると分かりました。ここまでの話は将来的にアプリを導入してからの話でしたが、すでに現場で支援を行っている我々が、今すぐにできることはありますか?
髙岡:支援を行う中で、少しずつ情報の「見える化」をすることが大切だと思います。
自分が携わった事例を、組織の中で共有して終わりにするのではなく、標準的なフォーマットを作成して、その中に対応の知見を溜めていく。具体的には、何歳の子どもか、どういう家庭環境か、どこの地域かなどの条件をいくつか作っておいて、よりよい対応方法に関する知見をデータとして蓄積していけるとよいと思います。
「こども宅食」では、経済的に厳しい家庭に食品を届ける時に、家庭を訪問しますよね。個人情報保護や倫理的な問題を遵守した上で、その時に得た情報をデータとして溜めておけるといいですね。
駒崎:そうですね。実は「こども宅食」では、食品を届けているご家庭に「生活状況」のアンケートを取っています。
その調査結果を個人情報が出ない形で統計データとしてまとめて文京区に共有した時に「こういったデータは自治体にとってニーズがあるものの、実際に取得するのは難しいのでありがたい」と言われたんです。
正直驚いたのですが、その一方で、データの蓄積には大きな伸びしろがあると感じました。きちんとデータを取って課題を見える化することで、それぞれのご家庭に本当に必要な支援が分かりますよね。
行政との連携で、支援を届けたい家庭とつながれる
髙岡:データを蓄積していく上で、行政と連携しているのは強みですよね。
福祉や医療、司法など、様々な機関との連携が虐待の数を減少させている可能性があるということが最近の研究でも議論になっています。
駒崎:そうですね。「こども宅食」は複数の団体がそれぞれの専門性を活かして連携しているのが強みです。いろいろな団体と連携する中で、虐待予防をはじめとして、本当に家族が困ってしまう前にサポートしていきたいと思っています。
また、「こども宅食」は行政と連携することで、支援を届けたいご家庭にダイレクトにアプローチできているのも特徴の一つですね。
行政は、ひとり親家庭をサポートする児童扶養手当を受給している世帯や、小中学校でかかる給食費などをサポートする就学援助を受給している世帯の情報を持っているからです。
今後は、アンケートを通じて、それぞれのご家庭のニーズを見える化することで、必要とされる支援の精度を上げていきたいですね。
(了)