文京区長が「こども宅食」でNPOとの協働を決断した理由とは

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2017.09.26

Megumi Kikukawa
菊川 恵
NPO Florence

NPO法人フローレンス所属。こども宅食広報担当。(Twitter:megumikikukawa

「文京区にも、子どもの貧困ってあるの?」「行政が直接やればいいんじゃない?」そんな気になる疑問を文京区長・成澤さんに聞いてみました。

文京区長 成澤廣修
2007年に文京区長に就任、現在3期目。2010年に全国の自治体の長として初めて育児休暇を取得し、同年ベストマザー賞自治体部門を受賞。子育て世代に選ばれるまちの首長として、様々な子育て支援施策を実施している。

認定NPO法人フローレンス 代表理事 駒崎弘樹
1979年生まれ。日本初の「共済型・訪問型」病児保育サービスを首都圏で開始、共働きやひとり親の子育て家庭をサポート。ほか、小規模保育園、障害児保育園などを運営。 内閣府「子ども・子育て会議」委員、厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会座長などを務める。2児の父

高所得世帯が多い文京区に潜む
子どもたち1,000人とその家族の「見えない貧困」

駒崎:成澤区長、今日はよろしくお願いします。成澤区長といえば「イクメン」ということで有名ですよね。

成澤:子どもが生まれた時、育児休暇を取得しました。なかなか子どもに恵まれなかったことから、子どもに限りない愛情を注ぎたいという想いが強くなっていきました。虐待の連鎖があるのであれば、その逆で「愛情も連鎖する」と思ったんです。

駒崎:ご自身が子育てをされてみて、子どもの課題への感じ方は変わりましたか?

成澤:はい。やはり子育てをしていると、当事者としての問題意識が芽生えますね。

駒崎:文京区といえば、お金持ちが多いイメージがあります。なぜ今回子どもの貧困問題を解決する「こども宅食」を実施することになったのでしょうか?

成澤:実は文京区にも貧困はあるんです。確かに全国平均や東京平均に比べれば、「子どもの貧困」の割合は低いです。しかし、貧困状態の子どもは確実に存在しているんです。

経済的な理由で就学が困難な小中学生に補助金を支給する「就学援助」という仕組みがあります。文京区で就学援助を受けているのは、2017年5月時点で区立小中学生10,516人のうち1,019人です。文京区でも1,000人を超える子どもたちが支援を必要としているんです。

駒崎:今回の「こども宅食」では、その1,000人の子どもたちと、その家族を救うことがねらいなんですね。

成澤:はい。そうなります。

文京区で浮上した新たな貧困問題。
苦しみは「比較」から生まれる

成澤:実は文京区では新たな貧困の問題が生まれているんです。それは所得格差によって、子どもたちが孤立し、苦しみが生まれているということです。

貧困の苦しみは「他人との比較」から生まれます。例えば、文京区だと小学生の半数以上が中学受験をします。小学4年生ぐらいになると「塾に行っている」のが普通なんですよね。塾に行けないことで「なんで自分だけが」という苦しみが芽生えるのです。

多くの地域では、たとえ塾に行っていなかったとしても、それが「普通でない」と感じることは少ないでしょう。それゆえに教育機会が原因で「人とは違う」という孤独感を感じる機会が少ないといえます。

しかし、教育水準が高いと思われている文京区だと「塾に行っていない」というだけで他の子と違う存在になってしまうんです。

「みんなと違う」ことへの恐れから
ひとり親家庭を隠す世帯も

成澤:「みんなが一日三食満足に食べているのに、自分は食べられない」

「みんなが電車で移動する区間を、自転車や徒歩で移動する」

それだけで、貧困家庭のこどもたちは友達と群れることが難しくなります

周りで同じような仲間を見つけられず、不登校になっているケースもあるでしょう。「自分は周りの友達と違う」と感じて孤独感を抱えるこどもたちに、ピンポイントで支援を届けていく必要があるんです。

駒崎:確かに文京区のように生活・教育水準が高いと思われている地域こそ、「格差」がはっきり生まれ、より孤立しやすいという課題はあるかもしれないですね。実は「こども宅食」を始めるにあたって、文京区にお住まいのひとり親家庭にインタビューをした時にこんな話が出てきたんです。

「私は絶対にひとり親家庭だとバレないように振る舞っているんです」と。周りにひとり親だと伝えてもなかなか理解されないし、こどもがよくない目で見られるのが辛くて隠しているんだそうです。

成澤:実は文京区は23区で「離婚率」が一番低いんです。離婚すること自体が異質に見えてしまうこともあるんですよね。

駒崎:「両親がそろっているのが、当たり前」そんなレールから外れてしまい、孤独感を感じる親子も出てくるでしょうね。

駒崎:2013年には「子どもの貧困対策法」ができ、こどもの貧困問題を解決していこうという空気感が醸成されつつあります。文京区ではどのようにしてこどもの貧困を解決していきたいと思っていますか?

成澤:区として力を入れたいのは「こども宅食」でも支援の対象にしている、義務教育を受けているこどもたちの支援です。

駒崎:公立学校の義務教育は授業料無償ですが、学用品の費用は自己負担なのでどうしてもお金がかかってしまい、貧困家庭にとっては負担が大きいですよね。

成澤:そうなんです。文京区でもその課題をどうにかしたいと思っているんです。

文京区の場合、地域柄、貧困が異質と見なされてしまうので工夫が必要になります。文京区ではこども食堂の運営費補助をしているのですが、「貧困なこどもたちだけを対象にして こども食堂をやります」と言っても、逆に足を運びづらくなってしまうんですよね。だから文京区のこども食堂は「誰でも足を運んでいい場所」となっているんです。

こどもたちに緩やかに支援を届けるのが「こども食堂」だとしたら、よりストレートに支援を届けるのが「こども宅食」という住み分けになりますね。

強みを活かした協働が、問題の本質を解決する

駒崎:「こども宅食」は、コレクティブ・インパクトと呼ばれる、立場の異なる組織(行政、企業、NPO、財団、有志団体など)が協働する手法で社会課題の解決を目指します。これは、行政として非常に珍しい形での運営になりますよね。このような手法を取ろうと決断した理由はなんですか?

成澤:色々な組織がそれぞれの強みを活かして協働することによって、初めて課題が解決できると思っているからです。

文京区では「地域福祉コーディネーター」と呼ばれる 地域福祉を支える人材の活動がさかんです。地域福祉コーディネーターと接していて分かるのが、自助と公助を支えるのは「共助」の役割だということです。「共助」とは家族や企業、地域コミュニティで共に助けあうことを指します。

例えばゴミ屋敷の問題を解決する時に、行政の力だけでは問題を解決できないんです。本人が納得しない限り、同じことの繰り返しになってしまう。ボランティアや地域住民が関わることによって、ゴミ屋敷の家主の価値観が変わってくるんです。

「こども宅食」の場合、ゴミ屋敷問題でいう、ボランティアや地域住民の役割をNPO法人や企業が担ってくれると思っているんですよ。

それに、行政だけで取り組むことが、解決の近道かというと決してそうではない。すでにノウハウや知見を持っている様々な団体と協働することで、効率的な支援に繋げられるんです。これがコレクティブ・インパクトで取り組もうと思った最大の理由です。

本当の意味で「こどもを救う」ために選んだ
行政が前に出ないという選択

駒崎:区だけでプロジェクトを実施すれば、慣れ親しんだ文化の中でできますよね。コレクティブ・インパクトだと、色々な発見がある一方で、参加団体同士の対立が生まれる可能性があります。こういったリスクがあっても、協働しようと思った理由はなんでしょうか?

成澤:「こども宅食」で一番感心したのは、食料を届ける家庭が周りから貧困家庭だと思われないように工夫されていることです。保護者もこどもたちも自分が貧困だと思われたくない部分はありますよね。

文京区ではこれまでも学習支援を通じて、貧困家庭やその周辺のこどもたちを対象にした支援を行ってきました。対象者を絞ることによって、学習支援に来ているのは「貧困家庭のこども」だと周囲に知られてしまう。そういう場所を作ると、結果として自分の家に近いところには行けなくなってしまうケースがあることを知りました。

実際、現在実施している学習支援でも、自宅から徒歩15分の場所ではなく、徒歩30分かかるところに通っているこどもがいるんですよね。

今回の「こども宅食」でも、行政が全面に出て食料を届けてしまったら、貧困家庭が周囲の目を気にしなければいけなくなってしまう。だからこそ、本当の意味でこどもたちを救うために、行政が前に出ない形で事業を進めてもらいたいと思ったんです。

今まで手が届かなかった子どもにも支援の輪が広がる

駒崎:支援が必要な家庭のデータは行政が持っているということも一つのポイントですよね。民間の支援団体の課題として、なかなか貧困家庭の子どもたちにリーチができず、支援すべき子どもたちが見えづらいということが挙げられます。行政が関わることで、支援対象者が的確に把握できるので、効率の良い支援につなげられますよね。

成澤:まさに文京区でも同じような経験をしたことがあります。

以前、文京区では行政と消防署、警察署と協働して、空き家合同点検をしたことがあるんです。どんな人が住んでいるのかは行政が把握し、倒壊の危険性が迫る建物は消防署が把握。立ち入りの権限を持っているのが警察署。それぞれがバラバラだとうまくいかないんです。三者で手を取り合って初めて、正しい実態を知ることができました。それぞれの強みや立場を活かすことが重要なんです。

お返し合戦から、社会課題の解決へ
「ふるさと納税」の本質を取り戻す

成澤:「こども宅食」では支援対象者の把握はもちろんですが、「ふるさと納税」を使うことで、寄付者の信頼や安心感を、行政が責任をもって引き受けているんです。お互いの強みをうまく一致させて取り組めていると思います。

駒崎:ふるさと納税は、現在、悪い意味で話題になっていますよね。パソコンやカメラなど、地域の特産物ではないものをお返しとして送っている自治体もあります。

本来は寄付文化の醸成や寄付を通じて地域の社会課題を解決するための「ふるさと納税」のはずなのに、お返し合戦になってしまっていますよね。それでは本末転倒だと思うんです。

また、地方へのふるさと納税を選ぶ人が多く、東京都から地方にお金が流れてしまっています。「こども宅食」では今まで地方に流れていたお金が東京都に戻ってきます。また、お返しではなく「社会課題の解決」にお金が使われることで、ふるさと納税の本質を体現できると思うんです。

成澤:実は「こども宅食」を通じて、ふるさと納税のあり方にも一石を投じたいんですよ。この事業が「税に対する正しい知識を持つ」きっかけになればと考えています。

幸いなことに、文京区は多くの人の高い納税意識に支えられています。実は文京区では特別区民税の収納率が99%と高く、16年連続で23区トップなんです。しかし、全国的にふるさと納税の返礼品を目当てに他の自治体へ寄付をする人が増えたことで、今年、文京区では約10億円の減収となる見込みです。

駒崎:10億円ですか!?かなりの額ですね。

成澤:10億円あれば約5園分の認可保育園の初期費用になります。1年間に10億円失っているというのが、いかに大きな損失かが伝わるかと思います。これは区として、なんとかしなければいけない問題です。

また、実は文京区民も文京区にふるさと納税で寄付できるんです。それをほとんど知らないんですよ。自分の自治体以外にしか寄附できないと思っている人が圧倒的に多いんですよね。

ふるさと納税で意思表示。
新たな民主主義の実現へ

成澤:ふるさと納税のいいところは、使い途を限定して、自分の好きな事業に寄付できることです。例えば「どうせ税金を納めるなら、こどもの貧困に使ってほしい」という人がいたら、「あなたの思いを ふるさと納税で実現できますよ」と文京区民にも伝えられるんです。

駒崎:こどもの貧困との戦いに、文京区民も参加できるんですね。

成澤:行政の施策には優先順位があります。住民の要望は強いけれども、優先順位は低いケースがあるとする。そんな課題に対して、区民に「自分たちでふるさと納税するから、この施策を実現してよ」と言われたら、実現せざるを得ないですよね。ふるさと納税が意思表示になるんです。

駒崎:新しい民主主義の形ですね。行政の枠内だと限界があることも、民間と力を合わせれば実現できる。

「こども宅食」は文京区で事業のモデルを確立し、そのノウハウを公開して、全国に広げていくことを目指しています。皆さんからいただいた寄付は、文京区のみならず、全国のこどもたちを救うことにもつながっていると考えていただけたら嬉しいですね。

成澤区長、今日はありがとうございました。一緒にこどもたちの未来を創っていきましょう。

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